その日は、晃さんと優子さんが遊びに来ており、
御節を囲んで楽しく談笑していた。
その際、優子さんの実家の話になり、例のお稲荷様に話題が及んだ時
沙織様が想い出した様にこんな話を始めた...
「私が中学生の春、家族で京都へゆっくりと旅に行きました。
私は幕末と寺社が大好きで(笑)、京をゆっくりと見て回りたいと
父におねだりして連れて行って貰ったのです。
八坂さん、清水、銀閣...有名な所はほとんど廻り、
泊まる宿も父が奮発して京都一と言われる老舗の風情ある宿で、
とても良い気分で京都を満喫しておりました。
そして、何日目かに稲荷様の総本社である伏見稲荷へと参ったのです。
本殿に参拝した後、あのずらっと鳥居が並ぶ千本鳥居を
私が先頭になって進んでいるうち、いつの間にか
ついて来ている筈の父と母の姿が見えなくなってしまいました。
戸惑った私が立ち止まり、父母の姿を探して振り返っていると
どこからかヒソヒソと話し声が聞こえます。耳を欹てると、
「なんだか怖いひとが来たよ...」
「でも、今は怖くないみたいだよ...」
「ためしてみようか...?」
等と何人かで話をしている様です。
私は不思議に思い、
「誰か居るんですか?」
と声を上げてみました。
すると声は止み、辺りは静寂に包まれました。
ちょっと心細くなったので父母を探して引き返そうとすると
足元に何か纏わり付いて来ました。
ふと見ると、それは金色の毛並みの仔狐でした。
お稲荷様で仔狐とは、ちょっと出来すぎで怖くなりましたが、
仔狐の愛らしさに思わずしゃがみ込んで撫ぜはじめてしまい、
甘えてくる仔狐としばし戯れていました。
ひっくり返って転がる仔狐の白いお腹を撫ぜていると、
視界に誰かの足が入ってきたのでふと顔を上げました。
すると、そこにキツイ目をした綺麗な巫女様が立っていたのです。
どこかで逢った様な、奇妙な懐かしさを覚えて惚けている私に一礼し、
「あんまり悪ふざけしちゃ駄目。
あんた達はこの方の怖さを知らないんだから」
と巫女様が諭す様に言いました。
一瞬誰に言っているのか戸惑い、仔狐を抱きながら立ち上がった私に
「その仔達は悪戯好きなんです。御赦し下さいね」
と丁寧な口調で言いながら手を伸ばして来ます。
「いえ、可愛い子ですね。」
と答えながら彼女に仔狐を渡すと、彼女の手に渡った途端仔狐が三匹に分かれ、
すーっと姿を消してしまったのです。
呆気に取られる私に深く一礼すると、巫女様は踵を返して歩み去ってしまいました。
そしてその直後、父と母が追いついてきました。
あの時は巫女様が誰なのか解らず不思議でしたけれど...」
その時、優子さんが
「沙織ちゃん!さっきから黙ってたら一体何本飲む積りなの!」
と声を上げ、一同驚いていると沙織様の座ったテーブルの下には三本の徳利が...
「ご、ごめんなさい...お屠蘇が美味しくて...」
「貴女のお腹には誰が居るの!もう、ホントに...」
しょぼくれる沙織様とそれを叱る優子さんに皆が笑っていたが、
その時の優子さんの目がいつもよりもキツめな目に見えたのは
気のせいだったろうか...?
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