宴が始まる少し前、俺は会場の最終チェックをする為に部屋を出た。 旅館の方に任せておけば良いとは思えど、 仕事柄最終的な確認は自分の目でしないと気が済まないのだ。 自分の貧乏性に苦笑しながら会場に向かう途中、 「○○さん・・・?」 と背後から女性に呼び止められた。 振り向くと、上品な中年女性が立っている。 どこかで逢った事が有る。俺の記憶が囁くが、名前と素性は出て来ない。 俺が途惑っていると、女性が微笑しながら話し出した。 「何年振りでしょう... 私もすっかりおばあさんになっちゃったから解りませんよね。 ご無沙汰しております。詩織の母です。」 瞬間、あどけない少女の笑顔が閃く。 白血病に冒されながら、精一杯生き、微笑みながら逝ったあの少女。 「これは!こちらこそ、ご無沙汰しております。 お元気そうで何よりです。」 溢れるように戻ってくる記憶。 懐かしさと哀しさに、ちく、と胸が少し痛んだ。 「○○さんは本当に変わられませんね。あの頃のまま...」 「いえ、自分もすっかり歳を取りました。もうすっかり中年ですよ。 おかみさんから色々と伺っておりますが、今はお幸せなんですね」 「ええ、あの時の○○さんのお心遣いは忘れません。 詩織が微笑みながら逝けたのもみな貴方と、 ・・・そしてオオカミ様のお陰ですから...」 しばらく、二人は黙った。 俺は、そして恐らく女性も少女の事を想い出していた筈だ。 少しの後、女性が口を開いた。 「あ、なにかご用事だったんでしょう。 呼び止めてしまって申し訳有りません。」 「とんでもない。 また、後ほど旦那様もご一緒にゆっくりお話させて下さい。」 俺は一礼して踵を返し、宴会場へと向かった。 宴会場はきっちりと設えられており、いつでも宴が始められる状態だ。 親方夫妻は既に玄関で弟子達数人とお客様を出迎えている。 俺が女将さんと少々打ち合わせをしていると、例のお稲荷様の神主さんご家族が現れた。 「やあ、○○さん!この度はお招きいただいて...」 神主さんが上機嫌で喋りだした。 どうも、既に少々飲っているようだ。 「ご無沙汰してます。お元気そうですね。」 俺の横に優子さん(娘さん)が来た。 「ウチの宿六がご迷惑をお掛けしてませんか?」 「まあ、少しは。」 顔を合わせてぷっと噴出す。 今では、すっかり兄妹の様になる事が出来た。 「なにか手伝う事、有りませんか?」 「じゃあ、玄関でご亭主と一緒に受付をお願いします」 料理、飲み物、座布団・・・しっかり設えられているが、結局もう一度確認する。 確かに手抜かり無い、と納得して時計を見るともう三時直前だ。 そろそろ、宴席が埋まりだしている。俺は親方を呼ぶ為に宴会場を後にした。 俺はまだ到着していないお客様を迎える為、親方夫妻と交代して玄関に立つ。 本来なら親方が立つのが道理だが、宴が始まるので 一番弟子の俺が代理としてお迎えするのだ。 玄関脇に立ち、まだ到着してない方を名簿でチェックしていると 弟子の一人が呼びに来た。 だが、まだ数人来られて無い方が居るから、と弟子を帰す。 女将さんが用意してくれた茶を啜っていると、今度は優子さんが現れた。 「始まったばかりなのに抜けてきちゃダメですよ」 「いえ、ウチの人からの伝言です。オオカミ様が宴会に来てるって... 私のところに飛んできて、俺は手が離せないから とにかく兄さんに伝言してくれって」 「・・・そう、ですか」 俺は玄関を出て、空を見上げた。 いつの間にか、雪が降りて来始めていた。
【不思議】時、来たり【宮大工シリーズ19】 へ続く
【不思議】奇跡の宴【宮大工シリーズ18】
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【不思議】奇跡待つ日【宮大工シリーズ17】
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