年末旅行から帰り、正月を迎える。
仕事納めまでは忙しく、オオカミ様のお社へ行く暇は無かった。
大晦日の夜、俺は除夜の鐘が鳴り始めるのと同時に家を出て
オオカミ様のお社へ向かった。
色々と想う事は有るが、とりあえずは伊勢から無事に帰ってきた報告と
新年の挨拶を兼ね、またもしかすると戻って来られているのではないかとの
淡い期待も込めて新酒と髪飾りを持って来た。
流石にかなり山の中にあるオオカミ様の社まで来る人は居ない。
神主さんにより灯火が点され酒樽が奉納されていたが、
誰も居ない境内は雪の中で静寂に包まれていた。
鳥居を潜り、お社の前まで行き、酒樽と髪飾りを置いてお祈りをする。
しばらくの後に目を開けると、目の前にあの少年が立っていた。
俺はちょっと驚いたが、静かに落ち着いた気分のまま彼に話し掛けてみた。
「貴方は、どなたですか?」
少年は数瞬の後に想像していたより低めの声で応えた。
「私は、代わりに使わされた者です。」
「それは、貴方がこの社の主となったと言う事ですか?」
少年は少し首を傾げ、困ったような顔をした。俺は質問を変えてみた。
「オオカミ様は、どこに行かれたのですか?」
「・・・貴方は心静かにお待ちになると良いでしょう。これはお渡しておきます。」
彼はいつの間にか銀の髪飾りを手に持っていた。
俺はちょっと途惑ったが、
「・・・お願いします。」と言い、深く一礼した。
身体を起こした時には、既に彼の姿はどこにも見えなかった。
そのまま親方の所へ新年の挨拶に向かう。
親方の所へは既に年始周りのお客が何人も訪れていた。
また、俺にも縁の有る人も結構来ていたので
そのまま親方の家でお相手をする事になってしまった。
元旦は結局親方の家に泊めてもらい、
二日の朝、部屋に帰り実家へ帰るための支度をした。
此処から実家までは片道三百キロは有るが、
親方が七日まで休みを呉れたので久しぶりにゆっくり出来そうだ。
車に荷物を積み込み、オオカミ様のお社の有る山へ向かって一礼すると
車に乗り込みアクセルを踏み込んだ。
【不思議】少年の憂慮1【宮大工シリーズ9】 へ続く
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