怖い話】リゾートバイト 1(1/3) の続き


話を戻すと、Aと俺はそれ以上聞かなかった。
臆病者だと思われても仕方ない。だけど怖くて聞けなかったんだ。

ちょっと考えてみろ、ここまで話したBが敢えて何かを隠すんだぞ。
絶対無理だろ。聞いたら、俺の心臓砕け散るだろ。
それこそ俺が発狂するわ。

少しの沈黙のあと、広間のほうから美咲ちゃんが朝飯の時間だと俺達を呼んだ。
3人で話している間に結構な時間が過ぎていたらしい。

正直、食欲などあるはずもなく。
だが不審に思われるのは嫌だったし、行くしかないと思った。

俺はのっそりと立ち上がり、二人に言った。

俺「なるべく早いほうがいいよな。朝飯食い終わったら言おう」

A「そうだな」

B「俺、飯いいや。Aさ、ノートPCもってきてたよな?ちょっと、貸してくれないか?」

A「いいけど、朝飯食えよ」

B「ちょっと調べたいことがあるんだ。あんまり時間もないし、悪いけど二人でいってきて」

俺「了解。美咲ちゃんに頼んでおにぎり作ってもらってきてやるよ」

B「うん、ありがと」

A「パソコンは俺のカバンの中に入ってる。勝手に使っていいよ。ネットも繋がるから。」

そう言って俺達はそのまま広間に行った。

後から考えると、辞めるその日の朝飯食うってどうなの?
他人がやってたら絶対突っ込むくせして、俺らふっつーに食べたんだが。

広間に着くと、女将さんが俺らを見て、更には俺の足元をみて、満面の笑顔で聞いてきたんだ。

「おはよう、よく眠れた?」って。

そんな言葉、初日以来だったし、昨日のこともあったからすごい不気味だった。

びびった俺は直立不動になってしまったわけだが、Aが、
A「はい。すみません遅れて。」
と返事をしながら俺のケツをパンと叩いた。

体がスっと動いた。

いつも人一倍びびってたAに助け舟を出してもらうとは思わなかったから、正直驚いた。

そしてBが体調不良のためまだ部屋で寝ていることを伝え、美咲ちゃんにおにぎりを作ってもらえるよう頼んだ。

「あ、いいですよ。それよりBくん、今日は寝てたほうがいいんじゃ」

美咲ちゃんは心配そうにそう言った。

Aと俺は、得に何も言わず席についた。
”もう辞めるから大丈夫”とは言えないからな。

朝飯を食っている間、女将さんはずっとニコニコしながら俺を見てた。
箸が完全に止まってるんだ。「俺、ときどき飯」みたいな。
美咲ちゃんも旦那さんもその異様な光景に気づいたのか、チラチラ俺と女将さんを見てた。
Aは言うまでもなく、凝固。

凄まじく気分の悪くなった俺達は朝飯を早々に切り上げて、女将さん達に話をするため、部屋にBを呼びに行った。

部屋に戻る途中、Bの話し声が聞こえてきた。

どうやらどこかに電話をしているようだった。

俺達は電話中に声をかけるわけにもいかなかったので、部屋に入り座って電話が終わるのを待った。

B「はい、どうしても今日がいいんです。・・・・はい、ありがとうございます!
はい、はい、必ず伺いますのでよろしくお願いします。」
そう言って電話を切った。

どうやらBは、ここから帰ってすぐどこかへ行く予定を立てたらしい。
俺もAも別に詮索するつもりはなかったんで何も聞かず、すぐにBを連れて広間に向かった。

広間に戻ると美咲ちゃんが朝飯の片付けをしていた。
女将さんはいなかった。
俺はふと思った。

あそこに行ってるんじゃないか?って。
盆に飯のっけて、2階への階段に消えていったあの女将さんの後姿がフラッシュバックした。
きっとあの時持って行った飯は、あの残飯の上に積み重ねてあったんだろう。
そうして何日も何日も繰り返して、あの山ができたんだろうな。

(一体あれは何のためなんだ?)

俺の頭に疑問がよぎった。

けど、そんなこと考えるまでもないとすぐに思い直した。
俺は今日で辞めるんだ。ここともおさらばするんだ。すぐに忘れられる。
忘れなきゃいけない。心の中で自分に言い聞かせた。

Aが女将さんの居場所を美咲ちゃんに尋ねた。

「女将さんならきっと、お花に水やりですね。すぐ戻ってきますよ」

そう言って美咲ちゃんは、Bの方を見て、

「Bくん、すぐおにぎり作るからまっててね」
と笑顔で台所に引っ込んだ。

ああ、美咲ちゃん・・何もなければきっと俺は美咲ちゃんとひと夏のあばん(ry

俺達は女将さんが戻ってくるのを待った。

しばらくすると女将さんは戻ってきて、仕事もせずに広間に座り込む俺達を見て
「どうしたのあんたたち?」

とキョトンとした顔をしながら言った。

俺は覚悟を決めて切り出した。

俺「女将さん、お話があるんですけどちょっといいですか?」

女将さんは
「なんだい?深刻な顔して」
と俺達の前に座った。

俺「勝手を承知で言います。
俺達、今日でここを辞めさせてもらいたいんです」

AとBもすぐ後に、
AB「お願いします」
と言って頭を下げた。

女将さんは表情ひとつ変えずにしばらく黙っていた。
俺はそれがすごく不気味だった。
眉ひとつ動かさないんだ。まるで予想していたかのような表情で。

そして沈黙の後、
「そうかい。わかった、ほんとにもうしょうがない子たちだよ~。」
と言って笑った。

そして給料の話、引き上げる際の部屋の掃除などの話を一方的に喋り、
用意ができたら声をかけるようにと俺達に言ったんだ。

拍子抜けするくらいにすんなり話が通ったことに、三人とも安堵していた。
だけど、心のどこかでなんかおかしいと思う気持ちもあったはずだ。

話が決まったからには俺達は即行動した。
荷物は前の晩のうちにまとめてある。
あとは部屋の掃除をするだけで良かった。

バイトを始めてから、仕事が終われば近くの海で遊んだり、疲れてる日には戻ってすぐに爆睡だったんで、
部屋にいる時間はあまりなかったように思う。
だから男3人の部屋といえど、元からそんなに汚れているわけでもなかった。
そんなこんなで、一時間ほどの掃除をすれば部屋も大分綺麗になった。

準備ができたということで、俺達は広間に戻り、女将さんたちに挨拶をすることにした。

広間に着くと女将さんと旦那さん、そして悲しそうな顔をした美咲ちゃんが座っていた。

俺達は3人並んで正座し、
俺「短い間ですが、お世話になりました。
勝手言ってすみません」


俺AB「ありがとうございました」
と言って頭を下げた。

すると女将さんが腰を上げて、俺達に近寄りこう言った。
「こっちこそ、短い間だったけどありがとうね。
これ、少ないけど・・・」

そう言って茶封筒を3つ、そして小さな巾着袋を3つ手渡してきた。
茶封筒は思ったよりズッシリしてて、巾着袋はすごく軽かった。

そして後ろから美咲ちゃんが、
「元気でね」
といってちょっと泣きそうな顔しながら言うんだ。
そして、
「みんなの分も作ったから」って、
3人分のおにぎりを渡してくれた。

おいおい止めてくれ。泣いちゃうよ俺!
そう思ってあんまり美咲ちゃんの顔を見れなかった。

前日で死にそうな思いしたのにまさかのセンチって思うだろ?
だけど、実際すげー世話になった人との別れって、その時はそういうの無しになるものなんだわ。

挨拶も済んで、俺達は帰ることになった。

行きは近くのバス停までバスを使って来たんだが、帰りはタクシーにした。
旦那さんが車で駅まで送ってくれるって話も出たんだが、Bが断った。

そして美咲ちゃんに頼んでタクシーを呼んでもらった。

タクシーが到着すると、女将さんたちは車まで見送りに来てくれた。

周りから見ればなんとなく感動的な別れに見えただろうが、実際俺達は逃げ出す真っ最中だったんだよな。

タクシーに乗り込む前に、俺は振り返った。
かろうじて見えた2階への階段のドア。目を凝らすと、ほんの少し開いてるような気がして思わず顔を背けた。

そして3人とも乗り込み、行き先を告げた後すぐ車が動き出した。

旅館から少し離れると、急にBが運転手に行き先を変更するよう言ったんだ。
運転手になにかメモみたいなものを渡して、ここに行ってくれと。

運転手はメモを見て怪訝な顔をして聞いてきた。

「大丈夫?結構かかるよ?」

B「大丈夫です」

Bはそう答えると、後部座席でキョトンとしているAと俺に向かって
B「行かなきゃいけないとこがある。お前らも一緒に」
と言った。

俺とAは顔を見合わせた。考えてることは一緒だったと思う。

(どこへ行くんだ・・?)

だが、朝のBの様子を見た後だったんで、正直気が引けて何も聞けなかった。
またキレ出すんじゃないかとびびってたんだ。

しばらく走っていると運転手さんが聞いてきた。
「後ろ走ってる車、お客さんたちの知り合いじゃない?」

え?と思って振り返ると、軽トラックが一台後ろにぴったりくっついて走っていた。
そして中から手を振っていたのは、旦那さんだった。

俺達は何か忘れ物でもしたのかと思い、車を止めてもらえるよう頼んだ。

道の端に車が止まると、旦那さんもそのまますぐ後ろに軽トラを止めた。

そして出てくると俺達のところに来て、
「そのまま帰ったら駄目だ。」
と言った。

B「帰りませんよ。こんな状態で帰れるはずないですから」

Bと旦那さんはやけに話が通じあっていて、Aと俺は完全に置いてけぼりを食らった。

俺「え、どういうこと?」
なにがなにやらわからんかったので素直に質問した。

すると旦那さんは俺のほうを向き、まっすぐ目を見つめて言った。
旦「おめぇ、あそこ行ったな?」

心臓がドクンって鳴った。

(なんで知ってんの?)

この時は本気で怖かった。
霊的なものじゃなくて、なんていうか大変なことをしてしまったっていう思いがすごくて。

俺は、「はい」と答えるだけで精一杯だった。

すると旦那さんはため息をひとつ吐くと言った。

旦「このまま帰ったら完全に持ってかれちまう。
なぁんであんなとこ行ったんだかな。
まあ、元はと言えば俺がちゃんと言わんかったのが悪いんだけどよ。」

おい、持ってかれるってなんだ。勘弁してくれよ。
ここから帰ったら楽しい夏休みが待ってるはずだろ?

不安になってAを見た。Aは驚くような目で俺を見ていた。

さらに不安になってBを見た。
するとBは言うんだ。
B「大丈夫。これから御祓いに行こう。そのためにもう向こうに話してあるから」


信じられなかった。
憑かれていたってことか?
何だよ俺死ぬのか?この流れは死ぬんだよな?
なんであんなとこ行ったんだって?行くなと思うなら始めから言ってくれ。

あまりの恐怖で、自分の責任を誰か他の人に転嫁しようとしていた。

呆然としている俺を横目に、旦那さんは話を進めた。

旦「御祓いだって?」

B「はい」

旦「おめぇ、見えてんのか」

B「・・・」

A「おい、見えてるって・・」

B「ごめん。今はまだ聞かないでくれ」

俺は思わずBに掴みかかった。

俺「いい加減にしろよ。さっきから何なんだよ!」

旦那さんが割って入る。

旦「おいおい止めとけ。おめぇら、逆にBに感謝しなきゃならねぇぞ」

A「でも、言えないってことないんじゃないすか?」

旦「おめぇらはまだ見えてないんだ。一番危ないのはBなんだよ」

俺とAは揃ってBを見た。
Bは、困ったような顔をしてそこにいた。

俺「どうしてBなんですか?実際にあそこに行ったのは俺です」

旦「わかってるさ。でもおめぇは見えてないんだろ?」

俺「さっきから見えてるとか見えてないとか、なんなんですか?」

旦「知らん」

俺「はぁ!?」

トンチンカンなことを言う旦那さんに対して俺はイラっとした。

旦「真っ黒だってことだけだな、俺の知ってる情報は」

旦「だがなぁ・・」

そう言って旦那さんはBを見る。

旦「御祓いに行ったところで、なんもなりゃせんと思うぞ」

Bは、疑いの目を旦那さんに向けて聞いた。
B「どうしてですか?」

旦「前にもそういうことがあったからだな。
でも、詳しくは言えん。」

B「行ってみなくちゃわからないですよね?」

旦「それは、そうだな」

B「だったら」

旦「それで駄目だったら、どうするつもりなんだ?」

B「・・・」

旦「見えてからは、とんでもなく早いぞ」

早いという言葉が何のことを言っているのか俺にはさっぱりわからなかった。

だが、旦那さんがそういった後、Bは崩れ落ちるようにして泣き出したんだ。

声にならない泣き声だった。俺とAは、傍で立ち尽くすだけで何もできなかった。

俺達の異様な雰囲気を感じ取ったのか、タクシーの窓を開けて中から運転手が話しかけてきた。
「お客さんたち大丈夫ですか?」

俺達3人は何も答えられない。

Bに限っては道路に伏せて泣いてる始末だ。

すると旦那さんが運転手に向かってこう言った。
旦「あぁ、すまんね。呼び出しておいて申し訳ないんだが、こいつらはここで降ろしてもらえるか?」

運転手は、
「え?でも・・」
と言って俺達を交互に見た。

その場を無視して旦那さんはBに話しかける。

旦「俺がなんでおめぇらを追いかけてきたかわかるか?
事の発端を知る人がいる。その人のとこに連れてってやる。
もう話はしてある。すぐ来いとのことだ。」

旦「時間がねぇ。俺を信じろ」

肩を震わせ泣いていたBは、精一杯だったんだろうな、顔をしわくちゃにして声を詰まらせながら言った。
B「おねが・・っ・・します・・」

呼吸ができていなかった。
男泣きでもなんでもない、泣きじゃくる赤ん坊を見ているようだった。

昨日の今日だが、Bは一人で、何かものすごい大きなものを抱え込んでいたんだと思った。
あんなに泣いたBを見たのは、後にも先にもこの時だけだ。

Bのその声を聞いた俺は、運転手に言った。
俺「すいません。ここで降ります。いくらですか?」

その後、俺達は旦那さんの軽トラに乗り込んだ。
といっても、俺とAは後の荷台なわけで。
乗り心地は史上最悪だった。

旦那さんは俺達が荷台に乗っているにも関わらず、有り得んほどにスピードを出した。
Aから軽く女々しい悲鳴を聞いたが、スルーした。

どれくらい走ったのか分からない。

あんまり長くなかったんじゃないかな。
まあ正直、それどころじゃないほど尾てい骨が痛くて覚えていないだけなんだが。

着いた場所は、普通の一軒家だった。
横に小さな鳥居が立っていて石段が奥の方に続いていた。

俺達の通されたのはその家の方で、旦那さんは呼び鈴を鳴らして待っている間、俺達に「聞かれたことにだけ答えろ」と言った。

旦「おめぇら、口が悪いからな。変なこと言うんじゃねぇぞ」

俺は思った。
この人にだけは言われる筋合いがないと。

少し待つと、家から一人の女の人が出てきた。
年は20代くらいの普通の人なんだけど、額の真ん中にでっかいホクロがあったのがすごく印象的だった。

その女の人に案内されて通されたのは家の一角にある座敷だった。
そこには一人の坊さん(僧って言うのか?)と、一人のおっさん、一人のじいさんが座っていた。

俺達が部屋に入るなり、おっさんが「禍々しい」と呟いたのが聞こえた。

旦「座れ」

旦那さんの掛け声で俺達は、坊さんたちが並んで座っている丁度向かい側に3人並んで座った。
そして旦那さんがその隣に座った。

するとじいさんは口を開いた。
「○○(旅館の名前)の旦那、この子ら全部で3人かね?」

旦「えぇ、そうなんですわ。このBって奴は、もう見えてしまってるんですわ」

旦那さんがそう言った瞬間、おっさんとじいさんは顔を見合わせた。

すると坊さんが口を開いた。
坊「旦那さん、堂に行ったというのは彼ですか?」

旦「いえ。実際行ったのはこの○○(俺の名前)って奴で」

坊「ふむ」

旦「Bは下から覗いていただけらしいんです」

坊「そうですか」

そして少し黙ったあと坊さんはBに聞いたんだ。

坊「あなたは、この様な経験は初めてですか?」

Bが聞き返す。
B「この様な経験?」

坊「そうです。この様に、霊を見たりする体験です」

B「え・・ないです」

坊「そうですか。不思議なこともあるものです」

B「・・俺」

Bが何か喋ろうとしていた。
そこにいた全員がBを見た。

坊「はい」

B「俺、・・・死ぬんでしょうか?」

そう言ったBの腕は、正座した膝の上で突っ張っているのに、ガクガクと震えていた。

すると坊さんは静かに答えた。

坊「そうですね。このままいけば、確実に」

Bは言葉を失った様子だった。
震えが急に止まって、畳を一点食い入るように見つめだした。
それを見たAが口を挟んだ。

A「死ぬって」

坊「持って行かれるという意味です」

意味を説明されたところで俺達はわからない。
何に何を持って行かれるのか。

更に坊さんは続けた。

坊「話がわからないのは当然です。○○くんは、堂へ行った時に何か違和感を感じませんでしたか?」

坊さんが堂といっているのは、どうやらあの旅館の2階の場所らしかった。

それで俺は答えた。

俺「音が聞こえました。あと、変な呼吸音が。
2階のドアにはお札の様なものが沢山貼ってありました」

坊「そうですか。
気づいているかも知れませんがあそこには、人ではないものがおります」

あまり驚かなかった。事実、俺もそう思っていたからだ。

坊「恐らくあなたは、その人ではないものの存在を耳で感じた。
本来ならば人には感じられないものなのです。誰にも気づかれず、ひっそりとそこにいるものなのです」

そう言うと、坊さんはゆっくりと立ち上がった。

坊「Bくん、今は見えていますか?」

B「いえ。ただ音が、さっきから壁を引っかく音がすごくて」

坊「ここには入れないということです。幾重にも結界を張っておきました。
その結界を必死に破ろうとしているのですね」

坊「しかし、皆がいつまでもここに留まることは出来ないのです。
今からここを出て、おんどう(ごめん音でしかわからない)へ行きます。Bくん、ここから出ればまたあのものたちが現れます。」

坊「また苦しい思いをすると思います。
でも必ず助けますから、気をしっかり持って付いて来てくださいね」

Bはカクカクと首を縦に振っていた。

そうして、坊さんに連れられて俺達はその家を出てすぐ隣の鳥居をくぐり、石段を登った。
旦那さんは家を出るまで一緒だったが、おっさんたちと何やら話をした後、坊さんに頭を下げて行ってしまった。

知ってる人がいなくなって一気に心細くなった俺達は、3人で寄り添うように歩いた。
特にBは、目を左右に動かしながら背中を丸めて歩いていて、明らかに憔悴しきっていた。
だから俺達はできる限り、Bを真ん中にして二人で守るように歩いた。

石段を上り終わる頃、大きな寺が見えてきた。
だが坊さんはそこには向かわず、俺達を連れて寺を右に回り奥へと進んだ。
そこにはもう一つ鳥居があり、更に石段が続いていた。

鳥居をくぐる前に坊さんがBに聞いた。
坊「Bくん、今はどんな感じですか?」

B「二本足で立っています。ずっとこっちを見ながら、付いてきてます」

坊「そうか、もう立ちましたか。よっぽどBくんに見つけてもらえたのが嬉しかったんですね。
ではもう時間がない。急がなくてはなりませんね」

そして石段を上り終えると、さっきの寺とは比べ物にならない位小さな小屋がそこにあり、坊さんはその小屋の裏へ回ると、俺達を呼んだ。

俺達も裏へ回ると坊さんは、ここに一晩入り、憑きモノを祓うのだと言った。
そして、中には明りが一切ないこと、夜が明けるまでは言葉を発っしてはならないことを伝えてきた。

坊「もちろん、携帯電話も駄目です。明りを発するものは全て。食ったり寝たりすることもなりません」

どうしても用を足したくなった場合はこの袋を使用するようにと、変な布の袋を渡された。
俺は目を疑った。

(布って・・)

だが坊さん曰く、中から液体が漏れないようになっているらしい。
信じ難かったが、そこに食いついてもしょうがないので大人しくしといた。

その後俺達に、竹の筒みたいなものに入った水を一口ずつ飲ませ、自分も口に含むと俺達に吹きかけてきた。
そして小さな小屋の中に入るように言った。

俺達は順番に入ろうとしたんだが、Bが入る瞬間、口元を押さえて外に飛び出して吐いたんだ。
突然のことで驚いた俺達だったが、坊さんが慌てた様子で聞いてきた。

坊「あなたたち、堂に行ったのは今日ではないですよね?」

俺「え?昨日ですけど」

坊「おかしい、一時的ではあるが身を清めたはずなのに、おんどうに入れないとは」

言ってる意味がよく分からなかった。

すると坊さんはBのヒップバッグに目をつけ、

坊「こちらに滞在する間、誰かから何かを受け取りましたか?」
と聞いてきた。

俺は特に思い浮かばず、だがAが言ったんだ。
A「今日給料もらいましたけど」

当たり前すぎて忘れてた。
そういえば給料も貰いものだなって妙に感心したりして。

俺「あ、あと巾着袋も」

A「おにぎりも。もらい物に入るなら」

給料を貰った時に女将さんにもらった小さな袋を思い出した。
そして美咲ちゃんには朝、おにぎりを作って貰ったんだった。

坊さんはそれを聞くと、Bに話しかけた。
坊「Bくん、それのどれか一つを今、持っていますか?」

B「おにぎりはデカイ鞄の方に入れてありますけど、給料と袋は、今持ってます」

Bはそう言ってバッグからその二つを取り出した。

坊さんは、まず巾着袋を開けた。

すると一言、「これは・・」と言って俺達に見えるように袋の口を広げた。

中を覗き込んで俺達は息を呑んだ。

そこには、大量の爪の欠片が詰まっていたんだ。
俺の足に張り付いていたものと一緒だった。見覚えのある、赤と黒ずんだものだった。

Bは、その場ですぐまた吐いた。
俺もそれに釣られて吐いた。

周辺が汚物の匂いでいっぱいになり、坊さんも顔を歪めていた。

坊さんは、Bの持ち物を全て預かると言い、俺達2人も持ち物を全て出すように言った。

俺は、携帯と財布を坊さんに手渡し、旅行鞄の方に入っている巾着袋を処分してもらえるよう頼んだ。

坊さんは頷き、再度Bに竹筒の水を飲ませ、吹きかけた。

そして俺達3人がおんどうの中に入ると、
坊「この扉を開けてはなりません。皆、本堂のほうにおります。明日の朝まで、誰もここに来ることはありません。」

坊「そして、壁の向こうのものと会話をしてはなりません。このおんどうの中でも言葉を発してはなりません。居場所を教えてはなりません。」

坊「これらをくれぐれもお守りいただけますよう、お願いします」

そう言って俺達の顔を見渡した。
俺達は頷くしかなかった。
この時既に言葉を発してはならない気がして、怖くて何も言えなかったんだ。

坊さんは俺達の様子を確認すると、扉を閉め、そのまま何も言わず行ってしまった。


おんどうの中はひんやりしていた。
実際ここで飲まず食わずでやっていけるのかと不安だったが、これなら一晩くらいは持ちそうだと思った。

建物自体はかなり古く、壁には所々に隙間があった。といっても結構小さいものだけど。

まだ昼時ということもあり、外の光がその隙間から入り、AとBの顔もしっかり確認できた。
顔を見合わせても何も喋ることができないという状況は、生まれて初めてだった。

「大丈夫だ」という意味を込めて俺が頷くと、AもBも頷き返してくれた。

しばらくすると、顔を見合わせる回数も少なくなり、終いにはお互い別々の方向を向いていた。

喋りたくても喋れないもどかしさの中、後どれくらいの時間が残っているのか見当も付かない俺達は、ただただ呆然とその場にいることしかできなかったんだ。

途方もない時間が過ぎていると感じているのに、まだ外は明るかった。

するとAがゴソゴソと音を立て出した。
何をしているのかと思い、あまり大きな音を出す前に止めさせようと思ってAの方に向き直ると、Aは手に持った紙とペンを俺達に見せた。

こいつは、坊さんの言うことを聞かずに密かにペンを隠し持っていたのだ。
そして紙は、板ガムの包み紙だった。まあメモ用紙なんて持っているはずない俺達なので、きっとそれしか思い浮かばなかったんだろう。

(こいつ何やってんだよ・・)
一瞬そう思った俺だが、意思の疎通ができないこの状況で極限に心細くなっていた所為もあり、Aの取った行動に何も言う事が出来なかった。
むしろ、ひとつの光というか、上手く説明できないんだが、とにかくすごく安心したのを覚えてる。

Aはまず自分で紙に文字を書き、俺に渡してきた。

”みんな大丈夫か?”

俺はAからペンを受け取り、なるべく小さく、スペースを空けるようにして書き込んだ。

”俺は今のところ大丈夫、Bは?”

そしてBに紙とペンを一緒に手渡した。

”俺も今は平気。何も見えないし聞こえない。”

そしてAに紙とペンが戻った。

こんな感じで、俺達の筆談が始まったんだ。

A”ガム残り4枚。外紙と銀紙で8枚。小さく文字書こう”

俺”OK。夜になったらできなくなるから今のうちに喋る”

B”わかった”

A”今何時くらい?”

俺”わからん”

B”5時くらい?”

A”ここ来たの1時くらいだった”

俺”なら4時くらいか”

B”まだ3時間か”

A”長いな”

こんな感じで他愛もない話をして1枚目が終わった。

するとAが書いてきた。

A”○○文字でかい”

俺は謝る仕草を見せた。

するとAは俺にペンを渡してきたので、

俺”腹減った”

と書き込みBに渡した。


そしてBが何も書かずにAに紙を渡した。

するとAは

A”俺も”

と書いて俺に渡してきた。

あれだけ心細かったのに、いざ話すとなるとみんな何も出てこなかった。

俺は、日が沈む前に言っておかなければならないことを書いた。

俺”何があっても、最後までがんばろうな”

B”うん”

A”俺、叫んだらどうしよう”

俺”なにか口に突っ込んどけ”

B”突っ込むものなんてないよ”

A”服脱いでおくか”

俺”てか、何も起きない、そう信じよう”

Bは俺の書いた言葉にはノーコメントだった。

俺も書いたあと、自分で何を言ってるんだろうと思った。

坊さんは、何も起きないとは一言も言っていなかった。
むしろ、これから何が起こるのかを予想しているような口ぶりで俺達にいくつも忠告をしたんだ。

そう考えると俺達は、一刻も早く時間が過ぎてくれることを願っている一方で、本当の本当は、夜を迎えるのがすごく怖かったんだ。

夜だけじゃない、あの時ああしてる時間も、本当は怖くてしょうがなかった。
唯一の救いが、互いの存在を目視できるということだっただけで。

俺の一言で空気が一気に重くなった。

俺はこの空気をどうにかしようと、Bの持っていた紙とペンをもらい、

俺”何か喋れ時間もったいない”

と書いてAに渡した。他人任せもいいとこ。
Aは一瞬困惑したが、少し考えて書き出し、俺に渡してきた。

A”じゃあ、帰ったら何するか”

俺”いいね。俺はまずツタヤだな”

B”なんでツタヤ?”

俺”DVD返すの忘れてた”

A”どんだけ延泊!?”

まあ嘘だった。どうにかして気を紛らわせたかったからなんでもいいやって適当に書いた。
結果、雰囲気はほんの少しだが和み、AもBもそれぞれ帰ったら何をするかを書いた。

少しずつだが、ゆっくりと俺達は静かな時間を過ごした。
そして残りの紙も少なくなった頃、Bはある言葉を紙に書いた。

B”俺は坊さんに言われたことを必ず守る。死にたくない”

俺もAも、最後の言葉を見つめてた。
俺は「死にたくない」なんて言葉、生まれてこの方本気で言ったことなんかない。
きっとAもそうだろう。

死ぬなんて考えていなかったからだ。
死を間近に感じたことがないからだ。

それを、今目の前で心の底から言うヤツがいる。
その事実がすごく衝撃的だった。

俺はBの目をしっかりと見つめ、頷いた。

その後は特に何も話さなかったが、不思議と孤独感はなかった。

お互いの存在を感じながら、俺達は日が暮れるのを感じていた。

何もせずにいると蝉の鳴き声がうるさくて、でも徐々に耳が慣れて気にならなくなった。
でも、なんか違和感なんだ。よく耳を凝らすとなにか他の音が聞こえるんだ。

さらに耳を凝らすと、段々その音がクリアに聞こえるようになった。

俺は考えるより先に確信した。
あの呼吸音だって。

Bを見た。薄暗くて分かりづらかったが、Bに気づいている気配はなかった。

Bには聞こえないのか?
そういえばBって呼吸音について言ってたっけ?
もしかしてあれは聞いたことがないのか?
それとも単に気づいていないだけか?

頭の中で色々な考えが浮かんだ。
すると硬直する俺の様子に気づいたBが、周りをキョロキョロと見回し始めた。

この状況の中で、神経が過敏にならないはずがなかった。俺の異変にすぐ気づいたんだ。

すると、Bの視線が一点に止まった。俺の肩越しをまっすぐ見つめていた。
白目が一気にデカくなり、大きく見開いているのがわかった。

AもBの様子に気が付き、Bの見ている方を見ていたが何も見つけられないようだった。
俺は怖くて振り返れなかった。

それでも、あの呼吸音だけは耳に入ってくる。
ソレがすぐそこにいることがわかった。動かず、ただそこで「ひゅーっひゅーっ」といっていた。

しばらく硬直状態が続くと、今度は俺達のいるおんどうの周りを、ズリズリとなにか引きずるような音が聞こえ始めたんだ。

Aはこの音が聞こえたらしく、急に俺の腕を掴んできた。

その音は、おんどうの周りをぐるぐると回り、次第に呼吸音が「きゅっ・・・・きゅえっ・・」っていう何か得体の知れない音を挟むようになった。
俺には音だけしか聞こえないが、ソレがゆっくりとおんどうの周りを徘徊していることは分かった。

Aの腕から心臓の音が伝わってくるのを感じた。
Bを確認する余裕がなかったが、固まってたんだと思う。
全員微動だにしなかった。

【怖い話】リゾートバイト3 (3/3)へ続く