前の話: 【不思議】時、来たり【宮大工シリーズ19】

「この髪飾りをくれた少年は、どんな感じでしたか?」


俺は髪飾りを沙織に返しながら聞いてみた。


「私は小さかったので良く覚えて無いんですが、

なぜかとても懐かしい感じがしました。まるで...」


言い淀んだ沙織の跡を継ぎ、母上様が話し出した。


「まるで、沙織の血縁者の様でした。顔立ちや雰囲気も似ていて、

後になってもしかしたら沙織の本当の兄では、と主人と話したものです。

しかし、とても神々しく優しげな少年でしたので、

あの少年は神様の遣いで、沙織は神様が詩織を転生させてくれたのだと

その時は考えました」


再び、沙織が話し出す。


「でも、私は詩織姉様の生まれ変わりではなく、妹でした。

○○様には先ほどお話しましたが、私の夢には詩織姉様が

良く出てきてくれて、私をとても可愛がってくれました。

いつの間にか私の方が姉様よりもずっと年上になってしまったけれど」




親方も詩織の事を想い出したのか、涙ぐんでいる。


詩織の事を覚えている弟子たちも集まってきて、

しんみりとした空気に包まれていた。


「最初に握り締めていた髪飾りは、今、持っていますか?」


少しの間静まっていた空気を破り、俺は沙織に聞いてみた。


「はい、ここに有ります。ずいぶんと古いものみたいで

傷が多かったので、ペンダントにしたんです。」


沙織は白い胸元からペンダントとなった髪飾りをを取り出し、

俺に渡してくれた。


沙織の体温が残り仄かに暖かいそれを受け取ったとき、心臓がドクンと脈打った。


撫ぜ廻して出来たような擦れ痕と細かい傷が数多く残るそれは、

かつて俺が二度目に納め、そして土砂に埋もれてしまったあの髪飾りだった。



「・・・その髪飾り、どこかで見た事が...?」


いつの間にか俺の後ろに廻り込んで覗いていたお客様が呟いた。


驚いて振り向くと、そこにはオオカミ様のお社を管理している神主さんが居た。


「あ!これは!○○さんがオオカミ様に納めたモノじゃないですか!」


その場に居た皆の視線が髪飾りと俺に集中する。


「・・・○○、本当なのか・・・?」


親方が搾り出すように問いかけて来た。


「・・・はい、確かに俺がかつてオオカミ様に納めたものです。

間違い、有りません...」 


「・・・え?え?どういうこと、なんですか・・・?」


沙織が混乱しつつ聞いてきた。いや、周りのすべての人々が混乱している。


俺と、優子さんとその夫、晃を除いて。


「・・・沙織さんが、オオカミ様だという事ですよ。」


晃がボソッと答える。  

「晃!」俺が叱責するが、晃は構わず語りだした。


「兄さんはオオカミ様を愛し、オオカミ様も兄さんを愛した。

二人の余りの愛の深さに、天照大神様が心動かされ、オオカミ様はヒトへ、沙織さんへと転生なさったんでしょう。

ただ、時間を越えることまでは出来なかった。だから...」


「やめろ、晃」


親方が静かに諌めると、流石に晃はそれ以上口を開けなかった。


宴の席は、いつの間にか静まり返っていた。



「さ、お祝いの席が静まっちまったら仕方ないよ!」


パンパンと手を叩きながらおかみさんが声を上げた。


「そうそう、皆さんさあ飲んで飲んで!」


優子さんも声を張り上げる。


堰を切った様に止まっていた時間が動き出した。


俺も晃にコップを持たせ、ビールを並々と注ぎ込んだ。


俺には沙織がビールを注いでくれ、晃と俺は一気に喉の奥へと流し込んだ。



宴は深夜まで続き、沙織とご両親、若い弟子達は十二時前に部屋へと引き上げた。


お客様がすべて部屋に戻り、それを見届けてから親方夫妻も引き上げ、

最後に残ったのは俺、そして晃と優子さんだった。


三人ともかなり酔ってはいるが、なんとか理性は繋ぎ止めている。


優子さんのお酌で静かに日本酒を飲んでいるうち、晃が口を開いた。


「・・・兄さん、沙織さんはオオカミ様ですよね。」


「・・・ああ、多分、な」


「兄さん、どうするんですか?」


俺は、オオカミ様、いや沙織に自分の気持ちを伝えるつもりは無い事を話した。


「何故ですか!」


晃が声を上げる。


俺は歳が離れ過ぎている事、俺の事を覚えてない事を主な理由として、

そうなると常識的に難しいだろうからと答えた。 


「意気地無し」


それまで黙っていた優子さんが俯いたままぼそっと呟いた。


「怖いんでしょう。あの方に拒否されるのが」


ぞくっと背筋に寒いモノが走る。


違う。いつもの優子さんじゃ無い...?


「優子...?」


晃も何かを感じたらしい。


優子さんがすーっと顔を上げる。その顔は優子さんのモノではなかった。


目尻はきゅっと吊上がり、高い鼻梁の下には厚めな紅い唇。


そして、微かに紅く光る瞳。この、刃物のように尖った美貌は...


「お狐様...」晃が息を呑む。


俺の背中にも冷たい汗が流れた。