前の話: 【不思議】奇跡待つ日【宮大工シリーズ17】

宴が始まる少し前、俺は会場の最終チェックをする為に部屋を出た。


旅館の方に任せておけば良いとは思えど、

仕事柄最終的な確認は自分の目でしないと気が済まないのだ。


自分の貧乏性に苦笑しながら会場に向かう途中、


「○○さん・・・?」


と背後から女性に呼び止められた。




振り向くと、上品な中年女性が立っている。


どこかで逢った事が有る。俺の記憶が囁くが、名前と素性は出て来ない。


俺が途惑っていると、女性が微笑しながら話し出した。


「何年振りでしょう...

私もすっかりおばあさんになっちゃったから解りませんよね。 

ご無沙汰しております。詩織の母です。」


瞬間、あどけない少女の笑顔が閃く。


白血病に冒されながら、精一杯生き、微笑みながら逝ったあの少女。


「これは!こちらこそ、ご無沙汰しております。

お元気そうで何よりです。」


溢れるように戻ってくる記憶。


懐かしさと哀しさに、ちく、と胸が少し痛んだ。



「○○さんは本当に変わられませんね。あの頃のまま...」


「いえ、自分もすっかり歳を取りました。もうすっかり中年ですよ。

 おかみさんから色々と伺っておりますが、今はお幸せなんですね」


「ええ、あの時の○○さんのお心遣いは忘れません。 

詩織が微笑みながら逝けたのもみな貴方と、 

・・・そしてオオカミ様のお陰ですから...」


しばらく、二人は黙った。

俺は、そして恐らく女性も少女の事を想い出していた筈だ。


少しの後、女性が口を開いた。


「あ、なにかご用事だったんでしょう。

呼び止めてしまって申し訳有りません。」


「とんでもない。

また、後ほど旦那様もご一緒にゆっくりお話させて下さい。」


俺は一礼して踵を返し、宴会場へと向かった。



宴会場はきっちりと設えられており、いつでも宴が始められる状態だ。


親方夫妻は既に玄関で弟子達数人とお客様を出迎えている。


俺が女将さんと少々打ち合わせをしていると、例のお稲荷様の神主さんご家族が現れた。


「やあ、○○さん!この度はお招きいただいて...」


神主さんが上機嫌で喋りだした。


どうも、既に少々飲っているようだ。


「ご無沙汰してます。お元気そうですね。」


俺の横に優子さん(娘さん)が来た。


「ウチの宿六がご迷惑をお掛けしてませんか?」


「まあ、少しは。」


顔を合わせてぷっと噴出す。


今では、すっかり兄妹の様になる事が出来た。


「なにか手伝う事、有りませんか?」


「じゃあ、玄関でご亭主と一緒に受付をお願いします」


料理、飲み物、座布団・・・しっかり設えられているが、結局もう一度確認する。


確かに手抜かり無い、と納得して時計を見るともう三時直前だ。


そろそろ、宴席が埋まりだしている。俺は親方を呼ぶ為に宴会場を後にした。



俺はまだ到着していないお客様を迎える為、親方夫妻と交代して玄関に立つ。


本来なら親方が立つのが道理だが、宴が始まるので

一番弟子の俺が代理としてお迎えするのだ。


玄関脇に立ち、まだ到着してない方を名簿でチェックしていると

弟子の一人が呼びに来た。


だが、まだ数人来られて無い方が居るから、と弟子を帰す。


女将さんが用意してくれた茶を啜っていると、今度は優子さんが現れた。


「始まったばかりなのに抜けてきちゃダメですよ」


「いえ、ウチの人からの伝言です。オオカミ様が宴会に来てるって...

 私のところに飛んできて、俺は手が離せないから

とにかく兄さんに伝言してくれって」


「・・・そう、ですか」


俺は玄関を出て、空を見上げた。


いつの間にか、雪が降りて来始めていた。


【不思議】時、来たり【宮大工シリーズ19】 へ続く